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投稿者4:89210009 |
15 年目のお別れ 家庭用で聞くのには、十分な音量と音質です。 過去、いろいろな物を作って来ましたが、昔ほど一時に時間をかけることが出来なくなっていることに あぁ、時間がほしい。 |
投稿者3:89210009 |
=愚かな89210009のパソコンの×××= 異常な執着と好みと興味が集まりました。 ・・・しかし、過ちは今も繰り返され、そして、続くのです。
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投稿者2:レッツ4・B |
| はじめましての方は、はじめまして。 お久しぶりの方は、お久しぶりでございます。 実はここ、レッツ4:Vo が発見して教えてくれました。 ちょうど、ハワイアンに女子が増え始め「女、子どもには分からねぇ」 ブルースを知ったのもハワイアンだった。 年のせいか、最近ちょっと感傷的に70〜80年代の思い出に 静岡って言えば、Sahara Bandでドラム叩いてたK杉の兄貴が 私はと言えば、そうねえ、仕事は翻訳と語学スクール、 来月Duran Duranの新譜が出るんですが、ライナーノーツと歌詞と じゃあ、また遊びにきま〜す。
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| 投稿者1:#89210009 |
| 時間と私と音楽のある生活 あぁ、何年経ったことだろう私が生まれた1970年。時はオイルショック。トイレットペーパーを買いあさるおばはんの映像で紹介されるあの時。 岡本太郎の太陽の塔が大阪万博にそびえ立ちみんなを見下ろしたあの時。 青柳は生まれたようです。 ウッドストックがあって、ジミヘン、ジムモリソン、ジャニスがいなくなって、サンフランシスコのフラワーブーム。ラブアンドピースの終焉?。 ビージーズやらイーグルス、ジャクソンブラウンやらのシンガーソングライターブームが始まった頃。 本物のR&Bは、ソウル、ファンクと形を変えていく。 アートロックと言われた音楽は、ニューロックやらハードロック、プログレ、クロスオーバーミュージックとかいって枝分かれ。 日本はどうなの?と言えばGSがちょうど終わりを迎える頃。 ブルコメ、バニーズ、ランチャーズ、スパイダース、テンプターズ、にタイガース。 草分けのバンドがいなくなり、日本語のロックと英語のロックが、日本に生まれた頃。 はっぴいえんど、夕焼け楽団、フォークル、ジャックス、ガロ、葡萄畑、乱魔堂、コスモスファクトリー、カルメンマキ&OZ、めんたんぴん、ルージュ、チキンシャック、ウエストロード、ブルースクリエイション などなど。 60年代終わりからのフォークブームは、学園紛争、安保にからみ、日本のロックも反体制の側に。高田渡、高石友也、加川良、岡林信康、三上寛 などなど。 テレビは白黒からカラーに変わり、総天然色な時代の幕開けだったかな?「おかみさーん、じかんですよー!」 そんな中で育って来てしまった。 80年代90年代の日本のテレビで流れた音楽は正直嫌い。わかんない。 恥ずかしくたっていいの。言いたいこと言えば。訳のわからない歌だっていいじゃない。そう歌いたければ。 70年代のロボットアニメの曲なんか「強そう」ってわかるけど後はなんなの?平和がだいじだよって?言いたいのわかりまくり。だから好き。 英語の歌いっぱいやった。意味の分かる歌なんてあんまりない。「何で好きなの?」っていうと「イイ感じ」なのね。聴いた感じ。ネイティブじゃないから。歌詞も間違えるし。何回も1番歌ったりしちゃう。でも大切なのは、「イイ感じ」であること。 東海道中膝栗毛?俺の言うこと支離滅裂? 音楽の芽生えは、NHKみんなの歌?童謡?そんなところから始まって、幼稚園、小学校低学年は、テレビのアニメソング三昧、小学校の5年生6年生位までは。アニメソングと日本の歌謡曲(TBSの「ザ・ベストテン」とかでやっていた様な曲ね。わかるかな?みんな)で育ち。中学入る前にFMの洗礼。カルチャークラブにデュランデュラン、ビックカントリー、ネーナ、インエクセス、シンディーローパー、スティービーワンダー、イーグルスなんかが流れていた。ちょうどその頃、2才年上の兄ちゃんが「アルフィー」を好きになっちゃった。「メリーアン」だった。一緒にかぶれた。アルフィーと平行して、洋楽の幅はひろがりビートルズ、アニマルズ、(ストーンズはダメだった。)サイモン&ガーファンクル、あとはブリティッシュインベイジョン系。アメリカのモノは少なかった。中学3年の終わり頃、エレキ入手。目黒駅ビルの福引きの「ハワイ旅行」と引き替えに。その頃アルフィーの高見沢は、フライングVがトレードマークだった。青柳は、メタリックブルーのYAMAHAのVを・・・。ちょうど前後して、ディープパープル、ZEP、ジャニス、ドアーズ、クリーム、ジミヘンのライブのおいすぃーところが目一杯入ったテープを青柳に聞かせたお友達がいた。(小柳君だったけ)青柳、はまりました。 そこから青柳、ロックの猛勉強。リッチーブラックモアにあこがれた?が、全く出来ず。未だに出来ない。で、クラプトンだったりしながら高校生。コードが弾けるようになってから曲も作った。NHKの「みんなのうた」にかかりそうな曲ばっかり。30曲ぐらい作った。大学の1年生までだったか? 大学に入った。ハワイに入った。新歓セッションは「クロスロード」。コピーせずで、手癖でバリバリ弾いた。ヘタクソだった。ペンタはチャンと弾けないし、ミストーン乱発!発射しまくりの状態だった。1年生だけでバンドを作った。バンドを経験したのは青柳だけ(だったかな?)。ドラムの安藤君は、それでも何かチャンと出来ていた。青柳は思い上がりのイヤなヤツ。「ちゃんとやってくれ」って暴言を吐いてバンドは消滅。一人だけしばらくのけ者状態。後悔しているときに3年生のお姐さん3人に引き取られ「Let`s Go 4匹」ってバンドになった。ペンタも弾けるようになった。ロックンロールをいっぱい覚えた。コードの出る楽器はギターだけ。たまに歌のお姐さんがキーボード弾いたけど。音を埋めるってそこで覚えた。このバンドは2年生の終わりまで続いた。色んな意味で歌の後ろで弾くっていうのを覚えたし衣装もここで覚えた。お祭り好きのバンドだった。歌わないから別の意味で今より余裕があったかも。2年生の途中から青柳バンドを始動。歌は別の4年生のお姐さんに歌ってもらった。出来は別として面白かった。でも自分で選曲した曲が上手く出来ないっていうジレンマもあった。やるのって難しいって。この年でメンツが変わった。3年生4年生の青柳バンドは、青柳が歌う形。4人バンド。たくさん曲やった。2年で30曲以上手をつけた。歌も少しましになったかな。で、卒業。就職。 就職1年目は、バンドせず。(94) 2年目で、青柳4年の時の1年生から声がかかった。レイナードスキナードやりましょうって。即決。このバンド面白かった。バンマスにならずに好きな曲を歌ってギター弾く。このバンドは、音祭に出た。松原の百代橋の向こうの草加市会館。あと音祭の前にデモ演奏で草加駅前、アコスの前。このバンドはこの年で終わり。(95) その次の年、生煮えなバンドをやった。「迷惑三昧」って名前だったっけ。まとまらなかった。難しかった。(96) その次の年、「魔界暗行(まかいあんこ)」って名前でバンドやった。この年はけっこうできた。(97) その次の年、「ごちそうさま(岐阜野郎)」って名前でバンドやった。とても良かった。トリオでジミヘンやらフリー、ジョニーウィンター 。無理やり町田のライブハウスに出た。常連さんしか来ないような小さなお店の為、青柳、死ぬほど緊張。びびった。知らない人の前がこんなに怖いとは思わなかった。でも、この年は良かった。(98) 次の年、続けたかったがドラムがいない。ギターに渡辺君を入れてドラム&Vo。バンド初めて6月の練習で練習中に酸欠状態。ドラムをキョウヤ殿に。この年初めて、バドカンやった。日本語もキングスネークやったり面白かった。出来はまずまず。雰囲気を出せるいいバンドだった気がする。(99) さて次の年、ベースの中嶋くんが4年生。4月5月ちょっとやって殆ど練習できずに学祭の1月前からのスタート。学祭やった。一緒に3年目の中嶋君、2年目のキョウヤ殿。この二人のおかげで練習は少なかったけどいい音が出ました。やっぱり1年だけしかやらないのってなかなか上手くいかないのね。この年で中嶋君は卒業。(00) 次の年、中嶋君がいない。「バンドはもう出来ない!」と思い、やらずだった。年末追いコン前になって、ヤマさん(山田君)が、卒業するので追コンのバンドをやる?とお話が来たので即決。7曲ぐらいネタを仕込んだけど時間が押したので減らしたっけ。もったいなぁー。クオリティーは即席にしてはGOODだった。勢いもあった。やりちらかした。面白かった。(01) 次の年、4月に学校へ来た。新歓に。やめようと思っていたのに。火がついた。頼んだ。でも6人は多かった。まとめられなかった。一緒にやってくれた人たちには、申し訳ないと思っている。後悔の年だった。なんやかんや抽象的な指示で、「自分の音を好きなように出して」とか言って。でも、なかなか揃わなかったよね。いろいろ人数が増えると難しいモノだ。学祭前には出来る曲は2曲(?)だったかな。学祭はやらず。追コンだけ。カルメンマキとワダアキコ、オールマンやった。机に乗った。(02) さて次の年(?)、今年だ。一緒にやって2年目の塚越殿、初めての松山殿、13曲学祭までに出来ましたよ。すばらし!追いコンの曲で15曲。マーベラス!最初のうちは、相変わらず「自分の音を好きなように出して」とか言って困ったと思う。でも夏の終わり、合宿の頃から「やった!」と思った。でも二人の遅れる(何が?)のには、正直マイッタ!でもうれしいよ。出来るようになってくれて。その分、青柳の衰えが見え始めたか学祭の3日目の朝一には、へなちょこな音を出してしまったようで。申し訳ない。出来ることなら今年の曲の音、「全部録っておきたい」と思っている、近年になく良く一緒にやってくれた音だと思っています。(03) 未だに卒業できない青柳。学校の卒業は出来た。でも時間が止まってしまったようにエンドレスな時間の中からは卒業できない。 やめない、やめられない。自分が楽しむため。人を楽しませるため。人に自分を伝えるため。人に自分の思いを伝えるため。大事な人に。自分と関わる、関わった人に。 「音楽は楽しいぞ」って。上手くできないときも上手くいってるときもめいっぱいさ。 背伸びして少しでもよく聞こえるように。「俺はここにいるよ!音楽は楽しいぞ」って。いつまでも言いつづけたい。伝え続けたい。みんなにわかるように。笑われ、笑ってもらい。おどろき、おどろかす。悩まし、悩まされ。いびつな自分をいっしょうけんめい見せたい。形はみんな違う、だから違うそれぞれのいびつなみんなを見たいし、感じたいと思う。 次の一瞬は、今来て、もう来ない。だから次もその次も違う形を見ることが出来るし、見せることが出来る。 だからやめられない。やめたくない。 もっともっといびつな青柳を見せたい。見たくない人には申し訳ない。でも見方を変えれば異常な執着心だけは、見えるはず。なぜなのか考えて。 もう捨てるモノは無いのです。捨ててしまうとき、自分では無くなってしまうと思うからです。 みんなにも捨てられないモノはありませんか? 時間に取り残されたのか、留まろうとしているのか、戻そうとしているのか? 時間は止まりません。過ぎていきます。 悔いがあるのか、悔いを残したくないのか? わかりません。 当分は、音楽のある生活の中にいるような気がします。 いびつな生き物とお付き合いお願い致します。 2003年12月1日 AM0:57 |
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